養護教諭を退職して半年。
特に何をしているわけでもなく、専業主婦として日々を過ごしていると、
あっという間に時間が過ぎていった。
私は養護教諭として、それなりに熱心に働いていたつもり。
でも、なんで養護教諭になったのかと聞かれると、
軽いし、なんかチャラい。
私が養護教諭を目指したのは、高校3年生の夏。
かなり遅い。
勉強は自分に向いていないと気づいていたので、卒業したら働くつもりだった。
あわよくば結婚したかった。
でも、人生はそんなに甘くないことは薄っすらわかっていたし、
周りが進路について真剣に考えていて、少し焦り出した。
休み時間、友人が取り寄せた大学のパンフレットを一緒に見ていた。
友人は保育士になるか看護師になるかで迷っていた。
私はそもそも子どもが苦手だったし、
看護師も自分には絶対に無理だ、と思いながら友人の話を聞いていた。
「保健室の先生の免許も取れるんやって」
私は「へー」と相槌しながら、学校で働きたいと思ったことがあったことを思い出した。
先生って子どもから見ると芸能人みたいで、ちょっとした憧れがあったし、
まだ学生でいたい、まだ学校にいたいという気持ちもあった。
「あ、保健室の先生なんかどう?似合いそう!」
友人はすこぶる軽い気持ちで言ったと思う。
(え、似合う?勉強教えなくていいし•••私にもできる気がするー!)
友人のすこぶる軽い一言が、私の人生を大きく変えた。
私の人生を映画にするなら、この場面は絶対必要!
ってくらい、何気ない日常の中に起こった人生はじめての転機だった。
それから、すぐに養護教諭の免許が取れる大学を探した。
さすがに高3の夏なので、焦らなくてはいけない。
パンフレットを取り寄せ、オープンキャンパスに行った。
突然動き出した娘を見て、母は驚いたと思う。
当時、養護教諭の免許が取れる大学はそんなに多くなかったので、すぐに志望校が決まった。
(偏差値が高い大学は最初から候補になかった)
高校受験もたいして勉強しなかった私が通っていた高校は、
決して賢いとは言えない高校だったので、内申点はそこそこ良かった。
なので志望校に公募推薦で合格することができた。
ついに、想定していなかった大学生になった。
私の学科には、養護教諭を目指すキラキラした女子ばかりだった。
場違いだと思うくらい、みんな本気で養護教諭を目指していた(ように見えた)。
養護教諭は全然楽な仕事ではないこと。
そもそも採用試験がめちゃめちゃ難しいこと。
髪の毛を染めてはいけないこと。
入学していきなり現実を突きつけられたけど、逃げるわけにはいかない。
というか逃げ道も見つからない。
とりあえず進むしかなかった。
4年間、必死で単位をとって、病院実習も教育実習も泣きながらがんばったけど、
採用試験は不合格。
そりゃそうだ、私には一般教養がない。
今まで勉強してこなかったやつが、コツコツやってた人に勝てるわけない。
救われたのは、養護教諭の倍率は10倍くらい。
現役で合格できる人はほんの少し。
周りの友達もほとんど落ちてる。自分だけじゃない。
講師をするか、就職活動をするか・・・
とりあえず、講師をすることにした。
そもそも子どもが好きではなかった私。
養護助教諭として働くも、子どもと何を話していいかわからない。
でも、なぜか子どもにめっちゃ懐かれた。
今でも、我が子の小学校や保育園でやたら懐かれる。
支援センターや公園なんかでも、知らない子に話しかけられる。
これはたぶん才能なんだと思う。
なぜか子どもに好かれてしまうので、苦手意識は自然となくなっていった。
この子たちのために、自分ができることをとりあえずやる。
そんな毎日を過ごしている中で、「養護教諭になりたい」って本気で思い始めた。
働きながら、本気で採用試験の勉強を始めた。
私は、本気になったら本気になれるタイプだ。(?)
人生であんなに勉強したのは初めてだった。
3回目の採用試験は講師枠で受験し、めでたく合格できた。
講師枠は一般教養が免除され、管理職の評価が入る。
当時の管理職には感謝しかない。
養護教諭として16年働いた。
あんなに軽いチャラい気持ちで目指したのに、こんなに本気になれた。
きっかけなんてどうでもいい。
本気でやるかどうかだ。
本気で16年働いて、子育てを理由に3月で退職した。
退職して半年たった今、また軽いチャラい気持ちでなにかを始めようとしている。
いい歳して、こんなんでいいのかと思うこともあるけど、
自分の人生を振り返ってみたら、それはそれでいいんじゃないかと思う。
チャラく、楽しく。
これからもきっと、こんな感じで生きていくんだと思う。
それが自分らしいのかもしれない。
おしまい。


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